池田先生


「どうすれば勝てるか」がわかるのが信仰者。。。戸田第2代会長

大聖人は、
「天晴れぬれば地明(あきら)かなり
 法華を識(し)る者は世法を得可(うべ)きか」(御書254㌻)

天が晴れれば、地は明るくなる。
法華経を識る者は世法を明らかに知ることができるであろうと仰せである。

空に太陽が出て、明るくなれば、地上の全てが明らかになるように、
妙法を信仰する者は、社会の現象の本質を賢明に見抜き、
社会の中で信仰の実証を示していくことができる、
と教えられているのである。

戸田先生は、この御文を拝して、指導された。
「よくご本尊を受持しているから、商売の方法などは、考えなくても、
 努力しなくとも、必ずご利益があるんだという、
 安易な考えをする者がいるが、これは大いなる誤りであって、
 大きな謗法と断ずべきである。
 なぜかならば、『法華を識(し)る者は世法を得可(うべ)きか』との
 おおせである。
 すなわち、ご本尊を受持したものは、自分の生活を、どう改善し、
 自分の商売を、どう発展させたら良いかが、
 わかるべきだとのおおせである。
 それをわかろうともせず、研究もせず、苦心もしない。
 されば、その人の生活上の世法を識らないがために、
 自分の商売が悪くなっていくのを、ご本尊に功徳がないように考えたり、
 世間に考えさせたりするのは、謗法と断ずる以外には無い。
 『世法を得可きか』というおことばを、
 ご利益があるんだというような読み方は、断じて間違いであることを、
 知らなくてはならない。
 信仰を始めて、一、二年の者ならいざ知らず、
 三年も四年もしておって、自分の商売の欠点とか、
 改善とかに気のつかぬ者は、大いに反省すべきであろう。
 されば、自分の商売に対して、絶えざる研究と、努力とが必要である。
 吾人(私)の願いとしては、会員諸君は、一日も早く、
 自分の事業の中に『世法を識る』ことができて、
 安定した生活をしていただきたいということである。
 これは、吾人(私)一人の願いではなくて、
 もったいなくも、大御本尊の御意(みこころ)であろうと信ずる。
 もし諸君が世法を識ることができて、安らかな生活をなしえたならば、
 大聖人様におかれては、いかばかりかお喜びであろうか。
 諸君よ、よろしく信心を強盛にして、
 一日も早く、大聖人の御意にかなわんことを」
―――と。

この戸田先生の願いは、そのまま私の願いである。

今、世界的に不況の風は厳しい。
しかし、私達はそれを嘆くだけであってはならない。
「信心」によって、偉大な知恵と生命力を発揮して、
見事に苦境を乗り切ってこそ、正しく仏法を実践する人、
すなわち「世法を識る者」といえるのである。

信心をしていればなんとかなる、という安易な考え方は誤りである。
信心しているからこそ、当面する課題をどう解決していこうかと、
真剣に祈り、努力していく。
その「真剣」「挑戦」の一念から、最高の知恵が生まれる。
我が家庭・人生の勝利も、我が地域の広宣流布の勝利も、
そのカギは、この「信心即知恵」の偉大な力を発揮できるかいなかにある。

聖教新聞1993.2.13)
 9年ぶりのブラジル・27年ぶりのリオにて
 池田先生スピーチ